2013年07月01日

【第十八話】三國志1【董卓之隙】

明日が誕生日の芸美有ですこんばんは。


プレゼントをくれる友人が居るのでウハウハ(´∀`)

彼女も嫁も居ませんけどね!!!!


【第十七話】
↑前回はこちら。













三國志1 劉度発見.jpg


暇な武将活用法その1、‘そうさく’。

劉度を発見してくれました。













三國志1 雷薄.jpg


4度目にして、雷薄の引き抜きに成功。

お金で釣ろうとしていたのを、名馬に切り替えたら上手く行きました。
雷薄の能力には期待できませんが、これで2万近くの兵士を奪えたのが大きいです。













三國志1 甘寧登場.jpg


!?(`・ω・´)

なんか知らんけど、急に甘寧登場。
しかも自動的に配下になりました。













三國志1 甘寧ステータス.jpg


武力94の猛将。

戦闘要員が不足していて人材獲得に躍起だったので、とてもありがたい戦力。
これで攻める準備が整いました。













三國志1 董卓討伐戦 40国.jpg


董卓に落とされた40国の奪回に向かいます。

長期戦を覚悟していたところ、この数字。
敵軍の兵糧が僅か。
ここは初期位置から動かず兵糧攻めをします。













三國志1 董卓に勝利.jpg


楽勝。

1日あたり、兵数の200分の1の兵糧を消費します。
董卓軍は210ずつ減っていく計算なので、8日生き延びれば自動的に勝利。
こちらの兵糧消費を抑える意味で、副将の黄蓋はすぐに退却させました。













三國志1 隙有り.jpg


40国を攻め落としたので、周辺国を調べてみたところ、董卓領の1つがこの有様

経営の概念がないんじゃないのか!?




次回、ついに本格的に領土拡大を開始します。


posted by 芸美有 at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | プレイ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年07月02日

雷薄

【史実】


袁術配下の武将。

袁術に仕えていたが、主君たる器ではないと見限って、陳蘭と共に山賊となる。
その後、劉備に討伐されて没落した袁術が、落ち延びて頼って来たところ、容赦なく拒絶。
袁術達は餓死するところとなった。

演義では、その袁術一行に略奪行為を働いた事にされている。













三國志1 雷薄ステータス.jpg



【三國志1】


史実通り袁術配下の武将として登場。

出る所がちょっとだけしか出ず、凹む所もそれなりという、まさに凡将。

本プレイでは、董卓配下となっていたところを引き抜いた。



posted by 芸美有 at 20:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 武将 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

甘寧

【史実】


若い頃は粗暴な振る舞いをしており、名の知られた賊だった。

後に荊州の劉表を頼ったが、配下として迎えられなかった。
その劉表の配下である黄祖の所にも行ったが、一般の食客として扱われ、以後冷遇される。
それでも、劉表と対立する孫権軍との戦いで、黄祖配下の将として、孫権配下の凌操を射殺する功績を立てる。
しかし、待遇は一向に改善されず、ついには蘇飛の助けを借り、黄祖の下を去り、孫権配下となる。


孫権の将となってからは、かつて自分を冷遇していた黄祖を打ち破り、その際捕らえられた蘇飛の助命を願い出て、恩を返している。
その後は、曹操戦、劉備戦でも活躍し、曹操からは、自軍の張遼と同格であるとの高い評価を得ている。


孫権の下で全てが順調だったわけではなく、かつて射殺した凌操の子の、凌統とは長い間険悪であった。
また、呂蒙ともトラブルを起こしている。


演義では、凌統との和解エピソードが描かれている。
その最期は、下痢で体調が芳しくないところに、劉備軍の沙摩柯に襲われて戦死とされている。
避けようとして振り上げた腕が枝に引っかかった不運もあった、との事だが、実はいくつかの歴史書で死に関しての記述が異なり、戦死か病死かも不明で、没年も定かではない。












三國志1 甘寧ステータス.jpg



【三國志1】


191年に、41国で登場する。

‘ぶりょく’94の猛将。
50を下回る能力が1つもない名将。
史実通り、前線での活躍が期待できる。

本プレイでは、41国を領地にしていたら、191年1月に自動的に配下に加わった。

posted by 芸美有 at 21:26 | Comment(2) | TrackBack(0) | 武将 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年07月03日

【第十九話】三國志1【第三次孫堅討伐】

雨でプロ野球中止ですか....。

まぁ....

私んち、テレビ無いんでもともと見れませんけどねッ!!!!


【第十八話】
↑前回はこちら。













三國志1 191年の勢力図.jpg


191年2月の勢力図。

北方に変化はありません。

36国の孫堅が、我が領土の35国に侵攻し、攻め落とされました。
孫堅復活!!

どうやら、前回の甘寧同様、年が変わって新戦力が自動加入したようです。
これは看過できませんね。













三國志1 孫堅復活.jpg


改めて他国勢力調査。

その孫堅領の36国、周瑜糜芳が増えていました。
攻め落とされた35国には、孫堅本人と息子の孫策
そうか、そりゃ攻めて来るわけだ。

懲らしめてやらねばなるまい(`・ω・´)













三國志1 曹操領.jpg


隣接している曹操領。

兵糧攻めしたいんですけど、1ヶ月はやれそうな米の量。
うーん、5万の兵を相手に1ヶ月粘るのはしんどいな(;´д`)













三國志1 袁術領.jpg


一方、共同作戦の約束をしながら、董卓攻めの兵を出さなかった袁術

ははぁ〜ん、米が不足しておるな。
烏合の衆とはいえ、配下武将の数9は魅力的です。

うん、攻めよう( ̄∀ ̄)













三國志1 第三次孫堅討伐戦.jpg


本国にターンが回ってきたので、孫堅の方を先に攻めます。

こちらは蔡瑁(君主)・甘寧賈詡が出撃。

メインアタッカーは甘寧で、蔡瑁がサブ。
賈詡は兵糧を守る役割と、占領後の軍師業務のために連れて来ました。













三國志1 麋芳撃破.jpg


糜芳が無謀にも400の兵で甘寧に攻撃してきたので、反撃にて撃破。

あっさり捕虜に。













三國志1 周瑜退却.jpg


そして城を守る周瑜甘寧で攻撃。

火計連発で粘られましたが、甘寧の知力が52あるおかげか、成功率が低くて攻撃が通りました。
勝てないと見た周瑜は退却。

そこを捕らえました




新戦力である甘寧の活躍で、36国の奪取に成功。

次回は袁術です。

お楽しみに(´Д` )ノシ


posted by 芸美有 at 21:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | プレイ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年07月04日

糜芳

【史実】


陶謙配下として兄の糜竺と共に登場する。
陶謙が領土を劉備に託して没すると、そのまま劉備配下となる。
劉備の妻の1人、糜夫人は妹。


劉備が曹操に敗れ、その下に居た時も劉備に従っており、劉備が曹操の下を去る時も付いて行った。
劉備が荊州を支配した後は、その守備を任された関羽の下、荊州に留まるが、関羽は糜芳をあまり厚遇しなかった。
そして南郡城内の失火騒ぎの責任を問われ、関羽に怯えるようになり、孫権と内通するようになる。
呉が荊州に攻め寄せてきた時は、城門を開けてあっさり降伏し、以後は呉将となる。


呉将となってからは、内乱の鎮圧をしたらしいが、虞翻に叱責されたという小物エピソードもあり、どうやら最初から最後まで器の小さい人物だったようである。

三国志演義では、関羽の子の関興に斬り殺されている。













三國志 糜芳ステータス.jpg



【三國志1】


史実通り陶謙配下....ではなく、何故か36国(荊州)に居た!

そして武力85だとぅ!?
なんら活躍していないのに、妙に高く評価されている。

本プレイでは、191年に36国で孫堅の配下になっていたので、しばき倒して配下にした。




posted by 芸美有 at 20:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 武将 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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